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サッカーという名の戦争

『サッカーという名の戦争』カバー

私の大学院の先生が、本を出しました。
平田先生です。
このような方が、どんどん前面に出てきていただきたいと思います。
私は、アリゾナにいるので、すぐには読めませんが、感想を先生にお伝えしないといけないですねぇ。
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2月25日の日経パソコン

私の記事が載っています。
ご紹介します

◆データからは読み解けない「可能性」を見つける
> 平井 伯昌 競泳コーチ
>  野球、サッカー、バレーボール、アメリカンフットボール──。さまざまなス
> ポーツの現場でパソコンを見る機会は増えた。スポーツでデータ解析を重んじる
> ことは、いまや珍しいことではない。北京五輪金メダリスト北島康介選手のコー
> チである平井氏も古くからデータ解析に着目してきた一人だ。選手から絶対的な
> 支持を得る平井氏のコーチングには、どのようにデータが生かされているのだろ
> うか。
> ■いつごろからデータ解析を。
>  86年に東京スイミングセンターに入社して、よく筑波に合宿に行っていたんで
> すね。筑波大学は当時Macintoshを使って競泳者の動作分析をしていました。そ
> の担当者が、人間の体を線で表して、いろいろなスタートや泳ぎの形を見せてく
> れた。僕はそれがすごく面白かったんです。
>  ただ、当時はコンピューターも高いし、僕は専門家じゃない。ビデオを撮って
> 選手に見せるなどしていました。ほかにも分析ができないかなと思って、秋葉原
> とかに行って相談もしていましたね。
>  ソフトを使って自ら分析するようになったのは2005年です。アテネ五輪が終
> わって、(北島)康介が泳ぎを崩していたときです。
>  それ以降、試合だけでなく、練習中も全部ビデオを撮って分析しています。ワ
> ンストロークの間に何メートル進んでいるかなど、細かいところまで数値化する
> ようになりました。
> ■コーチングという面ではパソコンを使うことで何が変わりましたか。
>  それまで感覚でとらえていたものを可視化できるようになったのはとても大き
> かった。僕にとっても、選手にとっても。究極の客観性が実現できるからです。
>  例えば、選手の試合を見るときに一番に心がけるのは「第三者の目線」。目に
> 入ってきたものをそのままとらえようとします。ただ、やっぱり自分が教えた選
> 手。どこかに主観的なフィルターが入ってしまうんですね。そういうことをビデ
> オを見て「あ、ちょっとこうだったな」と確認できる。自分の目で見て、感じ
> て、それが本当に正しいかを見直せるようになります。
>  ビデオで泳ぎを比較し、疑いようのないデータで示すと、選手も納得します。
> 映像は嘘をつきませんから。選手自身の感覚、コーチの指示、実際の映像、これ
> が1つの円を描くようにつながったときに、パフォーマンスは上がりますね。
> ■データを扱う上で難しかったり、注意が必要な部分は。
>  そうですね。2つほどあります。
>  一つは「データで選手の可能性を測らないこと」ですね。こういうことがあっ
> たんです。北島が15歳のときです。全国中学(校大会)で優勝したときに、ある
> データ分析をしていた人が北島のフォームを見て言ったんです。「なんて下手な
> 平泳ぎなんだ。もう平泳ぎなんかやめちまえ」と。北島は悔しそうにしていて、
> そのあと僕はその分析した人に「なんでそんなこと言うんだ」と怒って、すごい
> けんかになったんですが。データはデータで、そのときその瞬間の泳ぎしか分か
> らない。そこから選手の可能性はなかなか測れないと思います。データを見て、
> そこから選手にうまく泳がせるのがコーチングで一番大切なことです。本人の理
> 解度や性格を見ながらね。
>  例えば、康介には自身のデータ以外に、ライバルの情報、良いことも悪いこと
> も全部言う。一方、(指導していた背泳ぎの中村)礼子には自身のことしか言わ
> ない。ライバルのことを言うと意識しすぎるからです。
>  これが気を付けないといけないことの二つめになります。要は「データを踏ま
> えた上での伝え方」です。コーチの目で見るのはアナログ。データを取り込んで
> 映像を処理する過程はデジタル。そして、最終的にはもう一度アナログに戻さな
> いと駄目なんです。選手に伝えるときは、絶対アナログなんですよ。そうしない
> と選手は混乱する。
>  実は、この間の北京五輪でうかつにも僕はこの間違いを犯してしまったんで
> す。康介の100メートル平泳ぎの準決勝のときです。
>  「100メートルの前半を27秒で入っていけ」と言ってしまった。数字で指示を
> すると、大体うまくいかないんですよ。なぜかというと、「結果」を指示してい
> るからです。選手の技術とか、体力、感覚がありますよね。それらすべてを合わ
> せたものの結果が記録なんですね。僕がやることは、結果を出すための指示をす
> ること。結果自体を指示することではないんです。データを基に感覚を指示して
> あげないと駄目なんですよ。デジタルで得た情報を自分の中でシナリオ化する作
> 業は非常に大切ですね。
> 2009年2月25日 日経パソコン

三国志

宮城谷昌光さんの「三国志」を今回はフラッグに持ってきた。
「文芸春秋」の同級生交歓で取材していただいた、新谷さんと幸脇さんからおくってもらった。

これがなかなか面白い。
最初は「四知」という章から始まる。楊震という人の言葉である。
「天知る。地知る。我知る。子(なんじ)知る。たれも知らないとどうして謂(い)えるのか」という意味である。

また、面白いくだりがあったのでそのまま載せる。

組織は創始者の全人格が投影されるものであるとすれば、前漢の高祖より人格的にはるかに高いと思われる後漢の光武帝に高祖にはない異常さがあったというべきで、それが王朝の狂いとなって今日に至っているというべきか。くどいようだが、その狂いは甚大ではないのに、なかなか修正しにくい。
 小さなことを匡(ただ)していくのが、王朝を健美にする途(みち)だ。
 高位にあるとはいえ王臣のひとりにすぎぬ楊震ができることは、それしかない。実際、楊震は博士の選挙に不実があるのを察し、縁故などをいっさい考慮にいれず、陳留出身の楊倫らを推薦した・・・・


自分の携わるいろんなところで、思い当たることがたくさんあって、心に響きました。


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