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練習

昨日は、あまりの痛みのため、私が練習をお休み。
やっぱり、この何年間か無理をしすぎてきた、つけが回ってきているようである。
帰国後は、自分の勤務体制を考えないと、今後続かないことを実感している。
33歳のときに、過労から体の抵抗力が落ち、左膝の皮膚から菌が入って炎症を起こしたことがあり、3週間入院。
思い出してしまう。
そのときは『若いから体力があって、命に別状はないだろうけど、50歳くらいだったら死んでいたかも』といわれた。

ちょっと考えないとな~。

今日は、メインの終了の後、You Tubeで自由形のフォームをみた。そしてキーレン・パーキンスのビデオを見た。
キーレンが活躍していた頃は、ちょうど入院をする2~3年前で、私は須藤・小池・小泉といったミドル~ディスタンスの選手を担当していて、ハードトレーニングを毎日行っていた。その頃は、ピープルの徳永さん(今はコナミで偉くなっている)や、大阪の島田さん達とデュスタンスの選手で、インターハイや、ジュニアオリンピックではあるが、競い合っていた。今、久世さんが松田を育て、世界と戦えるようになっているが、選手層としてはどうだろうか?
ジュニアオリンピックも、長距離はチャンピオンシップだけでいいのかと思う、自分のところの選手も、200フリーとか400個メと日程が重なるので、エントリーがさせられない。
競技会強化というのは、とても重要なんだ。
普段の練習での強化
合宿強化
競技会強化
これらが、かみ合っていかないと、選手は伸びていかない。
普及と強化を、ごちゃ混ぜで考えてはいけないのである。

脚は痛いけど、上半身は元気なので、ついつい批判的になってしまうが、これは上記をしたディスタンスの選手を指導していたときから、考えていたことなのである。
イギリスの女子400m自由形で世界記録が出た。いろいろな要因があるだろうが、キーレンパーキンスなどのオーストラリア選手をみていた、ボブ・トレフィンがイギリスで協力していたことも一因ではないかと思っている。それと、ディスタンスが強くなるということは、泳ぐのが当たり前という感覚になり、他の種目にも好影響を与えていくのではないかと予想している。

自分は康介を指導し続けてきたが、テクニックだけではなく、ハードトレーニングを一年中課してきたつもりだ。それが康介を『速くて強い』選手に育てあげた。
国際大会、特にオリンピックでは『強い選手』が勝つ。
『速くて強い』選手をもう一度育てるために、自分には充電が必要だ。この2年間はアウトプットしっぱなしである。自分にとっての勉強の機会・時間を作るように考えていきたいとも思ってしまう。

それでは、今日久しぶりにみて、久しぶりに感動した、キーレンのビデオを貼付けておきます。私が選手に前半からいかせるきっかけとなった、偉大な選手の偉大なレースです。






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Re: 初コメです!

> こんちにわ!
> ブログに初めて来ました。
> 私も現役SWIMMERです★
> 質問なんですが、平井コーチはkick練習とpull練習ではどっちを重視してるんですか?どっちも大切と思いますが・・・。
> 教えてください。
> 膝は大丈夫ですか?
> 早く良くなってください!

う~ん。
両方ですが、比較的キックでしょうかね。
そういいながら、明日はプル強化をはかります。

膝は???です

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No title

平井君お久しぶりです。
濱田先生に君のブログを聞いて早速読みました。当時のことを懐かしく思い出しました。
私もたまに水泳の成績を見ることがありますが、高校・中学・JOの自由形の中長距離の
決勝になかなか進出していない様子を寂しく思いますね。当時は必ずうちの選手とYの
おっさんとこの選手、それに加えて仲良しクラブの選手たちが出てました。90年の
インターハイの1500m自由形決勝では優勝したうちの山本雅志を含め8名中6名が
大阪の選手でした。
私が教えた選手の86年~97年の全国大会以上の3位以内入賞数 112回中99回が
自由形であり100mでは2回だけ、97回が200m以上の距離における成績でした。
それもクラブ内の一部の選手の成績ではなく在籍するほとんどの選手がこの数に参加して
おります。努力は必ず報われるということを感じてくれたと思います。
それと私は彼らにプライドを持たせました。両親の期待を一心に受けた選手を差別する
ことを嫌いました。私の嫌いな言葉は『素質』という言葉です。
私の選手は素質のなさを努力によってカバーしてきました。誰にでもできる事のレベルを
高めさせました。やっとアテネオリンピックにトライアスロンで出場しました。でも彼女は
自分は特別な選手だと勘違いしていたようです。結果は散々でした。国際大会も何回か出場
しましたがメディアの注目するオリンピック級の大会でメダルをとったことはありません。
いつかもう一度競泳に携わることを夢見ながら一日々年取っております。今は生きるために
大阪でタクシーに乗っております。また、いつの日か、競泳の話を熱く語りたいですね。
平井君、頑張ってください。
私は身近なコーチによく言っておりました。チームの中に一番が一人いたら3番を2人、
5番、6番は腐るほどつくれる筈だと。
一度苦労して見つけた山道もあとから登る人間は簡単に登れるものです

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